2011年12月18日 (日)

想い出の品(手帳など)を捨てる…人生最初で最後の勢いで片付けプロジェクト(6)


◇想い出品を捨てる

10月29日から、想い出品を捨てることに着手した。
私にとって最も捨てられない、最後の砦だ。

過去の手帳・日記・恋文・手紙・作文・子供の頃の作品類、
あらゆるものを、やはり客間に並べる。
一体この中に、どれだけ大量の文字が書かれているのだろう。

結論から言うと、これまで保管していたものの2/3程度は捨てた。
手帳の類は捨てて、日記類の大半は残した。
手紙を間引きしながら、いくらかは残した。

私にとって、文字というのはちょっと特別なので、捨てられない部分はある。
捨てることが目的じゃなくて、大切なものを残すのが目的だから、
捨てたくないものは、端からみたらバランスが悪くても、残して良いのだと思う。

手帳にも、細かい字で書きこんだ日記的な部分もあったけれど、
それらは思い切って捨てることにした。

捨てる前にパラパラと眺めた。

これまでに無い次元で、抜本的に改革的にものを捨てて行くことは、
それまでの自分と改めて向き合う儀式のようなものなのだと思う。
何回も繰り返すことじゃないから、時間をかけた。
忘れていたいようなことも、捨てる前に振り返った。

私が手帳を使い始めたのは、大学生になってからだ。
大学で所属したオーケストラの練習会場は日々変わった。
大学構内から、遠い場所だと高島平や江東区あたりまで。
練習の後に、パートごとに集まり、練習会場や曲目を告げられる。
オーケストラと、バイトのシフトと、友達との約束。
その間に綴られている幼い言葉。

学生時代のことは、懐かしむよりも痛いことの方が多い。
まだ鼻をへし折られる前の、自分が絶対的に正しいと信じていた頃のこと。
だけど未来は見えなかった。全然良くわかんなかった。
ただただよくわからんことを悩んで過ごして、
ただただ楽器を吹いて最後に失敗した。
その頃の自分の思考回路には、ちょっと吐き気がした。
まぁでもその時は真剣だったんだからしょうがない。
失敗するなら全力で失敗した方が良い気がするから、まぁいいや。

学校を卒業してからは、友達との約束くらいしか書かれていない。
仕事を転々としていたので、ちょいちょい職探し中のメモがある。
新卒就職もせずにふらふらとして、仲居さんをやったり牧場で働いたり、
人生は楽しかったけれど、転職市場での価値は全く無かった。
知能テストだとかの成績を誉められることはあっても、
雇ってくれるところは滅多に無く、大手の正社員なんて絶望的。
手堅い会社だと派遣ですら潜り込めない。
そりゃそうだよね、私が雇う側なら、
下手に学歴だけあって職歴が無茶苦茶な人間なんて、絶対に雇わない。

あのもやもやした数年間。
手帳に書いてある人の名前の大部分が思い出せなくて、
そんな自分の時間の過ごし方に軽くクラクラした。
ヒマを潰すように、空白を埋めるように飲みに行っていた季節。

振り返ってみて実感したことがある。
診断士になってから、いっちょまえに賢いフリをしているが、
私の本性は、ものすごくバカだ。

単純にバカなんて表現すると、その定義はなんぞやって
ややこしい感じになっちゃうんだけど。


私の過去の点と点はまだ全然つながっていない。
だけど、本当にろくでもないなぁ、
何考えてたんだろなぁっていう時代の
ふらふらした感じも経ているのが今の自分なので。


手帳に文字を綴っていたころの自分を思う。
「あなたは自由で羨ましい」ってまともな友達に言われながら、
本当は自由じゃないと知っていた。
人と違う風にふらふらしていれば、その分だけリスクが増えるは当然だから。
まともな友達がまともなものを積み上げている間に、
私はひたすらふらふらしたり酔っぱらったりしていた。
今の私だって先は見えていないけれど、あの頃よりはだいぶいい。

手帳に文字を綴っていたころの自分を思う。
刹那的で毒気が強くて、感情優位で純粋で非生産的な愚か者で、
考えているんだか考えてないんだかわからない。
吐き気がするほど腹立たしくて痛々しくて少しだけ愛しい。
でも間違いなく、それも私のなかの一部だから。

それは私で、私の原点で、この先もう少しまともになったとしても、
自分の中のそういう尖っていてろくでもないものは無くしちゃいけない。

その頃の私が書く文章はもっとずっと荒れていた。
視点も偏っているし、言葉はまとまらなくてぐるぐる回る。
だけど今より、鋭利な部分やきらきらした部分、捨て鉢な強さがあったように思う。
今の自分が、少し小さくまとまり過ぎてるんじゃないかと、時々危惧する。

私のなかにつながって残るものと、
別れを告げるべき物質たちと。

捨てるということは、時間の経過を受け容れることなんだ。
これらの手帳をシュレッターに掛けることは、
過去を過去だと認めるための儀式のようなものだ。

過ぎた時間の記憶は残る。
けれど、過ぎた時間は二度と戻らない。

そんなことを思っているうちに、
これまでずっと私は、過ぎた時間を悼んでばかりいたことに気付いた。
まだ中学校くらいの頃から、もう小学校が終わってしまったとか、
もう18歳になってしまって17歳ではなくなったとか、
失われた時間ばかりを悲しんで過ごしていたような気がする。
後ろばかりを見ている間に、今を取りこぼすから、未来はいつも恐怖だった。

だから私は、想い出の品を捨てることにする。
身体の一部を抹消するような感覚で、鈍い痛みを覚えながら、
シュレッターにかけて消していくこと。
だけどそれは、本当は身体の一部じゃないから消しても大丈夫だ。

過去の記憶は醸成されて自分の骨肉になる。
そして私たちには、今と未来しかない。
今と未来をもっと大切にしようと思った。

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2011年11月21日 (月)

小物を捨てる…人生最初で最後の勢いで片付けプロジェクト(5)

◇CD、化粧品類を捨てる

10月23日、少し時間があったので、CDと化粧品類を捨てた。

CDは、放っておくと増える一方だ。
PCに落としたいものは袋に入れておき、
廃棄して良いものを選り分けた。

昔の男友達がくれたCDとかも捨てる。
今はときめいていない音楽を捨てるとそれなりにスッキリした。
本棚の開きの上段にクラシック、下段にポップス。
溢れていたCDがなくなったので、整頓が維持できる状態になった。
でも結局、クラシックは殆ど捨てられなかった。
不変の名曲は名曲なんだぜ。しょうがないね!

次は化粧品類、本当はずっと捨てたかった。
使いもしない試供品の山とか、
数えたら10年も前のアイシャドウや口紅の使い残しとか。
いつか使うとかって絶対嘘だわ。

化粧品類を捨てて行くと、総量は1/2以下になった。
在庫も1トレイにまとまった。
毎朝使う化粧品も、4つのケースを使っていたのが2つに減らせた。

これまでは、衣装ダンスの上を化粧スペースにしていて、
衣装ダンスの上に、鏡・細長いトレイ・大き目のトレイ、
衣装ダンスに隣接するカラーボックスの上に、小物入れ2つを置いていた。
便利っちゃ便利だけど、色んなものが置いてあるので雑然とする。
埃も出やすいし、物が多いから拭き掃除するたびに大変だった。

捨てて行くことで、これらを2つのケースに統合できた。
そこで、クロゼットのなかのカラーボックスの中段を、
この2つのケースを置く場所に決めた。

毎朝起きると、クロゼットから2つのケースを取り出して化粧をする。
朝、家を出るまえに、ケースをクロゼットに戻す。
増えた手間は数十秒。これで、タンスとカラーボックスの上はスッキリだ。

◇小物類を捨てる

10月24日、小物類に着手する。

まずはヌイグルミ。
本棚の上に、10匹ぐらいヌイグルミが並んでいる。
中学の時の親友がくれたアリクイ、大学の後輩にもらったパンダ、
大好きだった彼がくれたハリネズミ。
テディベアに各所で集めた牛シリーズ。
ディズニーストアで奇跡的に出逢ったデイリーマン(酪農家)スタイルのプーさん。

捨てがたくてしばし思案する。でも決めた。
今までどうもありがとう、さようなら。
白い綺麗な紙袋にみんなを詰めて送り出した。

残したヌイグルミは、枕元の牛トリオ。
1頭は今は遠く離れたお友達がくれた、世界で一個の手作り牛ヌイ。
彼女が私のためにデザインしてくれた恐るべきハイクオリティの牛さん。
これはたとえ彼女ともう二度と会えなくても、一生大事にするものだ。

あとは、BEANIEBABIESの牛2頭。こいつら可愛くて手放せません。

Frosty
http://www.amazon.com/TY-Beanie-Baby-FROSTY-Bull/dp/B000E7KQUI
Tipsy
http://www.amazon.com/TY-Beanie-Baby-TIPSY-Cow/dp/B000E4Q6LE

BEANIEBABIESはty社のヌイグルミですが、
数百種類もあって超オススメです。って薦めてどうする!

次はアクセサリー。
やはり、持っているアクセサリーを全部並べる。
ひとつしかないイヤリングがいっぱい。

プレゼントで貰って気に入っていたけど、
もう古くなってしまって使えないペンダントといか。
デートしていた時に片耳壊してしまったイヤリングとか。

ひとつひとつ記憶をよみがえらせてさよならを言った。
懐かしい通り過ぎた時間のためじゃなく、
これから先のまだわからない楽しいことのために、この場所を空けるんだ。
関わったもの全てを残しておかなくても、想い出が消えるわけじゃない。

最後に、小物類。

これまでに色んなものを捨ててきたから、小物を捨てるのは難しくない。
もらったけれど使っていない、仕舞い込んだままのお土産類は、
気持ちだけ受け取ってさようならだ。

子供の頃の古びたポーチやよくわからない色んなもの。
持ってても何年も使っていないラッピンググッズ一式。
使わないまま色褪せた山のような絵葉書やレターセット。
もう使わないマイクロSDカードとか、大量のコード類、取扱説明書。
なぜか溜め込んでいるブティックやアクセサリーの袋類。
使わないけど大量に持っているポーチ類。

だけど、昔サッポロカフェオレのノベルティで集めた
「5大乳牛ストラップ」は残す。
その後に出た古代牛シリーズはどうにもときめかないのでさようなら。

自分でもなんだかわからないうちに、
5.3畳の狭い部屋にどんどん空間が増えて行く。

片付け祭りは、身体の贅肉をそぎ落としていくのと似ている。

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2011年11月19日 (土)

書類を捨てる…人生最初で最後の勢いで片付けプロジェクト(4)


◇書類を捨てる

10月16日、書類を捨てた。
やはりあらゆる書類を部屋に積み上げる。

診断士になってから、ますます捨てることができなくなっていた。
他の人のプレゼン資料を見れば、自分の参考になるのではと思い、
研究会に出るたびに資料が増えて行き、狭い部屋を埋めた。

とりあえずとっておいた書類たち。
だけどそのほとんどは読み返すことはない。

自分の興味関心に直結するものだけを選り分けて、
大量の書類を捨てることにした。

自分が合格した年のTACパンフレットももう要らない。
診断士受験の模試の成績表もさようならだ。

捨てずに取っておいた成績類。
そっか、私はきっと、そういう成績とかに、
なんだかんだ言って結構依存して生きていたいんだなって気付く。

2005年10月、診断士の受験を真面目にすることにしてTACに通い始めた。
2004年の12月まで、北海道のド田舎の村で、
ひたすら搾乳をして、子牛を引っ張って、干し草を運んで暮らしていた私には、
TACの教室を埋める、エリート会社員な人々は本当にまばゆかった。
名刺交換のやり方すらよくわからない私にとって、
彼らと自分は天地ほど遠い存在に思えた。
そもそも、当時の私は派遣社員で名刺すら持っていなかったし。

この教室で一番バカなのは絶対私だって思い、
だからこそ、きっと脱け出してやるって思った。
恥ずかしくて聞けないような小学生レベルの質問から先生にしていた。
いまの私がバカであることを恥ずかしがる必要なんてない。
大事なのは、受験の時にちゃんとわかるようになっていることだから。

答練や模試で好成績を取るたびに、先生に褒めてもらうたびに、
本当にうれしかった。いろんなことは自分次第でまだやり直せる気がした。
模試の成績表は、当時の私にとっては大事な勲章だった。

だけど、今はもう受験生じゃない。
その時がんばることは大事だ。勲章も必要だ。
だけど階段を昇ったら基準だって変わる。

模試の成績と実務の出来にはまったく相関性なんてないから。

自分を弱くするだけの古びた勲章はもう要らない。
ただただ今は、自分の持ち物を適正な量まで減らしたい。
この混乱から抜け出して、片付けなんて必要のない暮らしがしたい。

そして今の自分に足りないことをちゃんと見て、
そのために必要なことを真っ直ぐに取りに行きたい。

実抜的な片付けを徹底的にそして速やかに完了させるんだ。

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2011年11月15日 (火)

書籍を捨てる…人生最初で最後の勢いで片付けプロジェクト(3)


◇書籍を捨てる

10月15日、洋服の次は、書籍を捨てることにした。
捨てたのは古本屋行きが271冊と、その他、売れそうにない書籍多数。

またしても、自分の持っている書籍全てを客間に運び込む。
私は決して読書家な方ではないが、それでも500冊は越えるだろう。
ビジネス本、資格のテキスト、小説、文庫本、結構な量のマンガ本。

書籍も一冊一冊手に取ってみる。
我ながら、積読本が多すぎて情けない。

未読のまま放置していたような本は捨てるべきなのだ。
どうせ、未読本が溜まり過ぎて、今の私にはどうすることもできない。
一定量を溜めてしまった雑誌だって、さかのぼって読むことなんて有り得ない。

診断士に合格したての時に、次は簿記1級だと揃えたテキスト、これも捨てる。
ハラショーくらいしか憶えていない、第二外国語だったロシア語テキストも。
牧場で働いていた時に、友達に習っていたタイ語の教材一式も。
英語すらできない私が、ロシア語もタイ語もやるわけない。

もはや全く読めない、自分で書いたはずのタイ文字に、
懐かしさやら情けなさやら感じながら、ノートも単語帳も捨てる。

『ガラスの仮面』文庫本全巻も。
『働きマン』も。『動物のお医者さん』も。
手元に置いておけばまた読みたくなる日もあるだろう。
だからこそ今は、手放した方がいい。

マンガ本は10冊だけにしてあとは捨てた。
でもそのうち5冊が『臨死!!江古田ちゃん』であることは大きな声では言えない。
ぃやどうしても江古田ちゃんだけは手放せないんだよねぇ。

残したのはビジネス本数十冊のほか、

ミラン・クンデラの書籍、これは一冊も捨てたくないので無条件に残す。

あれ『可笑しい愛』が見当たらない。
まぁいいや、元々、前の『微笑を誘う愛の物語』の方が、
見た目とタイトルが好きだったので、アマゾンで買い直す。
2回読んだ『冗談』もやっぱりどうしても手元に置きたいので、
入手できなくなる前にアマゾンで買う。

大学卒業以来ずっと読んでないにもかかわらず
三島由紀夫とドストエフスキーと夏目漱石、吉行淳之介などの
文庫本はどうしても手放したくないので手元に置いておく。

逆に、高校時代とっても好きだった吉本ばななは、
今はときめかないので手放した。
書籍が変わったわけではない。私が変わったのだ。
変わらず好きなものもあれば、その時だから好きなものもあるのだろう。
俵万智は『チョコレート革命』だけ残す。


未読本や、過去に愛した本を捨てるのは、やはり辛い作業だ。

未読本を放置してきた自分のアホさ加減がしんどい。
投資してきたお金を思うと情けなさすぎる。
だからこそ、一度リセットしたい時には、思い切って捨てるべきだ。

過去に愛した本を、今はさほど愛していないということを、
認識するのもなんだか切ない。

学生の頃、高村光太郎の『智恵子抄』が特別に好きだった。
いまはその言葉を読み返そうとはしない。

学生時代の私は、もっと自分が繊細で美しくて弱いものだと信じていた。
今の私は、自分が思っていたよりもずっと頑丈で、
どれだけ現世で揉まれようが、おそらく精神に異常を来たすことはなく、
それゆえ、若い私が思い描いたように繊細でも美しくもないと知っている。

ぼろぼろになった文庫本を、捨てることはしなかったけれど。

手放してきたもののかわりに、私はいま何を手に入れているんだろう。
昔あこがれていた姿と、いまの私はきっと違っている。
いまの私には、かわりに手にした何かがあるのか、まだわからない。

どうしても片付ける客観的必然性なんてない。
だけどどうしても今、片付けをしたい。
だから、徹底的に片付けをすることに決めた。

じんわりと心に沁みるいろんなことの末に、
ベッド脇のカラーボックスの上段には、
いまも捨てたくなかった古い文庫本がずらりと並ぶ。

いつになったらそれらの小説を読み返せるのかわからない。
擦り切れたドストエフスキーやら夏目漱石やらの
新潮文庫の背表紙が並ぶ眺めがベッドのすぐ横にあることが、
もう無条件に愛しい。

そんな部屋の風景を、とても心地良いと思う。

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2011年11月13日 (日)

洋服を捨てる…人生最初で最後の勢いで片付けプロジェクト(2)

10月10日、まずは洋服を捨てるところから片付けに着手した。

オンシーズンも、オフシーズンも、コートに部屋着に下着まで、
持っているあらゆる洋服を全部、客間に積み上げる。
部屋にあったものも、納戸に寝かしていたものも、とにかく全部だ。
室内が足の踏み場もなくなり、しばし呆然とする。

気を取り直して、オフシーズンのものから1枚1枚確かめて捨てていった。
高校のセーラー服も捨てる。大学時代の海外遠征Tシャツも写メだけ撮って捨てる。
大学の頃にお気に入りだったプリーツスカートなども残っていた。12年前だって。。

かつてお気に入りだった洋服でも、もう着なくなったものにはさようならだ。
丁寧に畳みながら、捨てる洋服が積みあがる度に荷紐で束ねていく。
捨てる洋服は7束になった。ゆうに100着以上あるだろう。

1枚1枚、手に取って畳むと、その洋服に付随する過去の記憶がよみがえる。
このスカートを履いていたのは、あの人にあっていた頃だ。
ほとんど思い出すこともなくなっていた過去の親しい人の顔が浮かぶ。

捨てたくないのは、記憶を切り離したくないからだ。
だからこそ捨てなくてはならないのは、今もう私はそこにいないからだ。

大好きだった服だって、着古してボロボロになったらさようならだ。
ボロボロになっていなくても、年月を経れば似合わなくなる。
捨てるべきものにきちんと別れを告げることは、時間の経過を受け容れるためだ。

これでもかという胸の谷間を作ってみたくて買ったヌーブラにもさようならだ。
結局、一度も使わなかった。というより使いこなせそうになかった。
ミネフジコみたいな胸の谷間は素敵だけれども、
一度くらいボールペンとか挟んだりしてみたかったけど、
私が好きな服には似合わない。

畳んでいく洋服から伝わってくる記憶は、涙を流させるほどに鋭利ではなかった。
何年も経った法要のような、川下まできた石のような、懐かしくもある鈍い重さ。

今とこれからも着たい洋服だけを残して、
過ぎた時間を象徴するためだけの洋服は捨てた。
まだ着れるものでも、もう旬を過ぎた洋服は捨てた。

箪笥の中は、人生ではじめて完璧な5Sの状態になった。
たぶんもう2度と、私の箪笥は前のようには乱れない。

【洋服を捨てて得られた効果】

・自分が持っている洋服を全て把握できるようになった。

・手持ちの服を把握しているため、前夜の入浴時に次の日の洋服を決めて、
 それに合う下着を選べるようになった。

⇒朝になって、やっつけで洋服を選ぶことがなくなり、手を抜かなくなった。
 「ラクな服、どうでも良い服」という基準で通勤着を選ぶことがなくなった。

・(まだ途中だけど)少し痩せた。

⇒自分が気に入っている洋服を着るためには、体型の維持が必要なため。

【洋服を捨ててわかった自分の傾向】

・体型上、襟ぐりが詰まった洋服は似合わないので、買っても着ない。
 (冬場は寒いから何着か必要だが)
 原則として、胸元がきれいなカットで開いている(ただし開き過ぎない)服が好き。

・シルエットが綺麗で上品な服が好き。ラインが綺麗なスカートが好き。
 女性らしい洋服も好きだけれど、ゴテゴテ過ぎると着ない。

・だぶだぶした洋服は結局着ない。

⇒丸顔なのと体型上、だぶだぶした洋服を着ると太って見えるので結局着ない。

・きちんと痩せている状態の自分が好き。

⇒痩せている時に買ったパンツはどうしても捨てたくなかった。
 つまり、それらが履ける体型を維持していたい。

・冬場は、間に合わせの洋服がほとんど。
 心から気に入っている洋服が少ない。

⇒ここ数年、冬にはいつも太っているため、納得が行く洋服が買えていない。
 そのため、着古したスーツも買い換えられず、
 カットソーも間に合わせで買っている。


【以上の結果、これからすること】

・バーゲン品とか、やっつけで服を買うことはもうやめて、
 本当に気に入った洋服だけを選ぶ。

⇒本当に気に入っていれば、たくさん着るので定価でもモトが取れるし、
 バーゲン品や衝動的な無駄買いをやめれば、
 定価買いでもたぶんトータルコストは変わらないから。

・冬場のために本当に気に入った洋服を増やす。

⇒今冬、最低でもスーツ1着とコート1着を買うべき。
 スーツに合うカットソーの綺麗なものが3着欲しい。
 (気に入ったものがあれば順次増やしていく。)
 それから、パンプスが2足必要。黒と、黒以外。
 ヒールは5cm以上で、歩きやすくて形がきれいなもの。

・冬の部屋着は、なるべく薄手で暖かくて、
 体型がバレバレで伸縮性が良いものをさがす。
 イメージとしては、全身タイツが理想。
 
⇒冬場肥らないため、かつ、かさばらずに収納するため、
 かつ、腰や肩に負担をかけないため。
 「家の中ではなるべく欠点を露出していた方が良い」というのが、
 体型維持のための結論。

-------------

というように、洋服とじーっと向き合ってみると、
自分のこれまでの買物の失敗と、買うべきものがよくわかるようになった。
無駄買いも減らせそうな気がする。

さようならした洋服の山
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そして5Sな箪笥…ちなみに1カ月経過後も同様にキープ☆

Img_0973


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2011年11月 7日 (月)

今度こそのエクソダス…人生最初で最後の勢いで片付けプロジェクト(1)


10月10日に着手して以来、ほぼ3週間にわたり、ひたすら片付けをしていました。
人生で最初で最後の大片付けのつもりです。

「もう洋服もその他もろもろも自分が何を所有していて何を必要としているかすらわからない」
というモノ溢れの状況下で、ずっと抱えていた潜在的なニーズと、

「環境が一変するほどの大片付けをするとしたら、
 自分にとって非常に大きな存在だった彼氏と別れた今しかない」
というタイミングとがあいまって、着手しました。

「彼氏と別れることのハードさと比べたら、物を捨てるなんてちょちょいっすよ!」
という、心理的錯覚みたいなのを利用しているんだかなんなのか。

そして、片付けに際しては、書籍の力を借りました。

『人生がときめく片づけの魔法』
http://www.amazon.co.jp/%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%8C%E3%81%A8%E3%81%8D%E3%82%81%E3%81%8F%E7%89%87%E3%81%A5%E3%81%91%E3%81%AE%E9%AD%94%E6%B3%95-%E8%BF%91%E8%97%A4-%E9%BA%BB%E7%90%86%E6%81%B5/dp/4763131206

※この本を他人に薦めるかというと、
「クセがあるのでご自分でご判断を」という感じです。

多分、合わない人にはもはや宇宙語だと思います。
本屋でパラパラと数ページめくって、違和感がある人は、
きっとやめておいた方が良いと思います。

ただし、私にとっては強烈に効きました。
この本は、女子が片付けにつまづく細かいツボを本当に良く抑えています。
たとえば、捨てる服を母親に見せてはいけないとか…。
謎のコードは永遠にナゾのままとか…。

5Sの効用を何回も習ってつくづく納得しながらも、
実際にはこれまで「捨てる」ことができない私にはぴったりの本でした。

どうしてもどうしても片付したい。
自分のパラダイムを変えたい。
だけど、いくら片付や整理術についての知識を入れても、
実際には未決裁事項が残り過ぎて片付けが終わらない。

そういうわけで、今回は、この本が示すステップをほぼ忠実にたどりました。

実践本やマニュアル本読んでも、過去に一回も実践したことがないという、
学習しないウシ子にしては、これはとっても珍しいことなんですよお客さん!

というわけで、下記のステップで手持ちの物を総チェックして、
一個一個捨てて行きました。
時間がかかるので、土日祝日で1ジャンルずつやっていきました。

(1)10月10日~洋服⇒100枚以上さようなら
(2)10月15日~書籍⇒271冊古本行き、その他、廃棄あり
(3)10月16日~書類⇒読み返していないセミナー資料等も相当量さようなら
(4)10月23日~CD・化粧品類⇒数えてないけどそこそこ捨てた
(5)10月24日~ヌイグルミ・アクセサリー・小物等
⇒本棚の上の想い出のヌイグルミたちと総さようなら、等
(6)10月29日~想い出品(過去の手帳・日記・恋文・手紙・作文・子供の頃の作品類)
⇒保管していたものの2/3程度はさようなら
(7)11月3日~写真類
⇒40%くらいは捨てたかな?

今回の片付けというのは、私にとって過去の総棚卸でした。
本来、他にすべきことはいくらでもあるはずですが、
どこかで思い切って、集中してやらないと
永久に私は物の間で圧迫されて生きて行かなくてはいけないし、
永久に私は過去の栄光だか過去の恋の想い出とか、
そういう今では無いものに都合よく頼って生きて行ってしまう。

だから今だと思って、「not to do(今はやらない)」とぶつぶつ呟いて、
他のことを殆ど全部後回しにしてひたすら片付けに熱中していました。

いま実感しているのは、
やっぱり、ECRSは正解でした。
5Sも正解でした。

とにかく、まずは「捨てる」が先。
捨てていくとスペースが生まれて、収納の問題は自然と決まって行きました。

今はまだ、9割ぐらいの段階で、いくつかやることが残っています。
でも、10月11日に整理整頓した洋服ダンスの中は、
約1カ月経っても、完璧な5Sを維持しています。

私の部屋は、過去の35年間で一度も経験したことがない、
整頓された空間になって、空気までキレイになったみたい。
その空間は、私にとっては理想的な場所に変わりました。

余計なものは目に入らず、壁には気に入っている額装が5点。
全てのものの置き場所は決まっていて、
未決済用の一時保管ボックスがひとつだけ。

自室で過ごす時間が、これまでとは劇的に違うものになりました。

同時に、棚上げしている「not to do」が、いい加減「to do」になっていて
そろそろ日常生活に戻らないと本当にヤバいでしょう、という感じにもなってきました。

というわけで、忘れてしまわないうちに、
数回に分けて片付けについて文字をまとめつつ、
日常生活に戻ろうと思っています。

(以下、備忘メモ)

片付けであと残っていること。

【写真】
・選別した写真のスキャン保管、情報追記
・スキャン後の原本をアルバムに入れる。
(そのための、適切なアルバムを購入する。)

【小物】
・卓上に置く、ペン類とリモコンを立てる素敵なケースの購入

【その他】
・楽譜類の取捨選択(未着手)
・過去の携帯電話の山を捨てる(ドコモショップに持参?)
・壊れたPCのハードディスクを破壊した後、廃棄


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2011年10月 1日 (土)

句読点あるいは節目のようなもの


1週間前に、大切な人にさようならと言った。

話をする時点にいたっても、彼に対する感情に変化はなく、
乗り換えたい明確な場所があるわけでもなかった。

彼は私よりはるかに大人で想定の範囲が広いので、
こちらの方が何日も考え抜いて、不意打ち的に切り出した話なのに、
しまいにはどちらが主体性を持って進めている話なのかわからなくなった。

自分が必要だと思ったことをやらないでおくと後悔する。
何日も考えてそうしたいと思ったことならやった方が良いと彼は言った。

何が正しいかということは誰にもわからない。

彼に鍵を返し(本当はあまり返したくなかったが、常識的に仕方がない)、
置きっぱなしにしていた衣類や本をまとめて彼の家を出た。

私が家を出る時、彼は窓のところから見送ってくれるのが習慣になっていた。
いつもの、見えなくなる角で振り返って、いつもみたいに大きく手を振った。
いつもみたいに彼は満面の笑顔だった。たぶん私もそんな笑顔をしていた。


想定していたことだが、離れてみるととても心もとない気持ちになった。
私の精神的な安定にとって、彼がとても必要な人だということはよくわかっていた。
もう自分の外にあるものか中にあるものかわからないくらいに。

離れてみると、私は想定していた以上に彼のことが好きだったんだなと思った。
彼の外見も食べ物の趣味も暮らし方も全く私の好みではなかったけれど、
いつのまにか慣れてしまったのだろう。


そして、彼の存在が自分のなかでとても大きいという事実ゆえに、
やっぱり離れて良かったんだと納得が行った。

離れようと決めたことに関してはいくつかの現実的な事情もあったけれど、
そんなことは大したことではなかった。

彼の存在は私の中で大きくなり過ぎた。
彼に寄りかかり依存して精神的安定を保っていることに気付いた時に、
私はそういう自分を美しいとは思えなかった。

一緒にいたいから一緒にいるならいい。
一緒にいないと生きられないから一緒にいるようなのはやだ。

彼はなんらそんなことを求めていなかったけれど、
私はそのように関係性を築き過ぎてしまっていた。


依存しないで立てるようにならなくてはいけない。
それは、私が次のステップに進むために必要なものだ。


私のこれまでの人生は、
脈絡のない句読点あるいは節目のようなもので構成されている。
そして、私がそうやって句読点あるいは節目のようなものが必要と
感じた時には、結局、私はそうせざるを得ない。


何が正しいかということは誰にもわからない。

彼と別れたら、勉強というものを真面目にやってみようと思った。
具体的には、本を読んだり知識を身に着けようと思った。
私はそういうことをこれまでやったことがないから。

私はいまだに小説以外の読み方がよくわからない。
読もうとするとすぐに寝てしまうし。


大学や資格試験に受かったくせに何を言うのかと笑われるけど、
大学は国語と小論文だけ(しかもかなり感覚的に)でなんとかなったし、
資格試験における私の勉強方法はかなり個性的なものだった。
ただただテキストの内部に向けて掘っていく。
授業を聴いてテキストを読んで、わからないことはわかるまで質問する。
それは、テストの点を取る上では有効だったけれど、実務上では十分ではない。

なんで私は難しい本を読めないんだろうと考えたところ、
たぶん、それは難しい本を読むという行為を殆どしていないからだ。
たぶん、訓練すればそのうち慣れるはずだ。

私には、1人になってやりたいことがある。
何もかも中途半端になっていることをなんとかしたいし、
少し集中的に、必要な知識を吸収したい。


そんな風に思って帰宅したのだが、
実際には、帰宅するなり体調を崩して何もできなかった。
そういえば土曜日の朝から少しだけ喉が痛かった。
夜になると喉が痛くて眠れなかった。
食べて元気を出したかったが、吐き気がして食べられなかった。
そんな時に限って珍しく締切が立て込んで仕事が休めなかったりするので、
不機嫌な顔をしてマスクを付けてボーっとしながら働いていた。
ボーっとしている割には必要最低限の仕事はしっかりできた。

帰宅するとパソコンを開く気にもならなかった。
iphoneから、明らかに不要なメールだけを削除していた。
少し前に決心して50通以下を保っていた受信メールは、
あっさりと150通になってしまった。

まぁ、そんなものだと思う。
華々しく句読点を打って踏み出そうなんて思うと、たいてい出鼻をくじかれる。
間抜けな私はツメが甘いから、そんな時はいったん体調を崩すんだ。いつも。


何が正しいかということは誰にもわからない。
いつかもっと良い状態になった時に、
彼にまた会えたら嬉しいけれど、
そんなことはわからないし、仮定に縛られ過ぎるのは良くない。

体調はまだいまいちだけど、だいぶ良くなってきた。
こうやってパソコンを開いて文字が打てるくらいに。


当たり前のように近くにいた彼がいないということ。
それはまるで、雪に閉ざされた北海道から戻ってきて、
東京のアスファルトに降りたった時のような違和感だ。
あるべきものが、そこには無い。

多分、いろんなことは全然、私はわかっていないんだ。
自分がやっていることが正しいかすらわかっていないんだ。

けれど、どんな脈絡のない句読点の集合体であっても、
最後には納得の行く人生をいきたいと私は思う。
ジョブズが言っていたみたいに、
いつか脈絡の無い点と点がつながって物語になることを願う。


溜まってしまったメールフォルダと、
未読本が積み上げられて片付いていない部屋と、
いまいち思うようにいかない体調と。

私には、何が正しいかなんてことはわからない。
でもきっと、体調はちょっとずつ大丈夫になるし、
メールは一個ずつ減らしていけるし、
本の読み方だって、1カ月後にはもう少しマシになっているはずだ。

新しい句読点の必然性を証明するために、しっかりしないといけない。


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2011年3月13日 (日)

いま起こっていることを、これからの自分に活かそう。

こういう災害を前にすると、自分は本当に弱いなぁと思う。
食欲が落ちて、2日で1.5キロと体脂肪が1%落ちてた。
なんの努力もしていないのに!
あんなに普段は肥える一方なのに!

被災しているわけでもないのにこのザマだ。
不安感なのか、気が重いような胸が落ち着かない感じが続き、
それが余震なのか動悸なのかよくわからん。
たぶん、自分だけじゃないんだろうな。

感情は大事だけど、感情に飲み込まれてはいけない時もある。
助けられない映像や、自分では防げないような危険性の指摘を見ていると、
感情の面で飲み込まれそうになってしまう。

無力がつらい。だけど、無力なのは事実。
目の前の食糧や衣類を見ると、
これを届けられたらってつい思っちゃうけど、
ここは勝手な判断をしないで、しかるべきところへ義援金だ。

簡単に感情が揺れそうなのは私だけじゃないようで、
今朝、相方さんがスーパーに行ったら、
なぜか人々が水とパンを求めてパニック状態だったそう。
相方さんは何も買わずに帰ってきた。
立地的に、パニックが起きるほどの場所ではないのに。。

不安感に流されてパニックになってしまうのが
いちばん危険なことなんじゃないかと思う。

経験することで肝が据わる。
生きていれば何十年かに一度こうおいうことがまたあるのだから、
いまをしっかり見ておきなって彼は言う。

私はお嬢様なのですぐにドキドキしてしまう。
一方、相方さんはヘンな人だけど、肝は据わってるからこういう時に助かる。
(珍しくのろけ。普段は文句しかネタが無い。)

午後、お天気が良かったから両親と犬の散歩に行った。
空が青くて、しばらくナーバスになっていた犬たちも楽しそうに走った。
10mという津波の高さを考えて自然の怖さをあらためて思ったけど、
公園を歩いて、ひさしぶりにすがすがしい気持ちになった。
沈み込み続ければ、身体も元気を失くしてしまう。

昨晩、たまたまリンクで“虚構新聞”という
おバカなサイトを見た。面白すぎて爆笑した。
そして、笑ったのはいったい何十時間ぶりだろうと思った。
深刻な事態だから、笑ったりするのは不謹慎だと、いつのまにか思ってた。
だけど、まだ始まったばかりのこの状況を元気に乗り切るためにも、
“笑う”ということが、重要なのかもしれないと持った。

落ち着こう。そして、自分の弱さをちゃんと知ろう。
そして、ここから何を学んでこれからどう考えるか、
どう生きて行くかをちゃんと考えよう。
ちゃんと、これから強くなるために。

落ち着こう。
いまできることは、節電と、義援金と、元気でいること、
そして、明日からの会社での対応を一生懸命やること。

余震に備えて、出窓の重たいステレオを床に下した。
そういうことは自分でできること。
でも、余震に備えて、1週間家に籠っているわけにはいかない。

だから、これだけ押さえておこう。

○車の運転中に地震が起こった時
(http://bousai.321smile.net/2006/03/post_80.html より)

車を運転中に大きな地震を感じたら、スピードを落として道路の左側か空地に停車し、エンジンを止めましょう。

カーラジオから正しい地震情報を入手してください。

車を降りるときは、すぐに車を移動できるように、キーは必ず付けたままでドアロックもしないようにしましょう。

車での避難は、防災活動や非難の妨げになる恐れがありますし、渋滞に巻き込まれる可能性もあるので、できるだけ持徒歩で避難しましょう。

・・・・・

できることと、できないことのなかで、
いまを大事にしていきたいと思う。

パソコンをエコモードにしてみた。すぐに目が慣れた。
ヒートテックを着込んで暖房を消した。寒がりでも大丈夫だ。
テレビを消してラジオにした。
いくつかの義援金サイトを見比べて、第一弾の募金をした。
(明日からはできないけど)明るいうちにお風呂を済ませた。
家族で順番に、なるべくテンポ良く。
ドライヤーの代わりに、バスタオルとタオルを重ねて肩にかける。
乾かせば明日また使える。

エコ生活してみると、意外と良い発見もある。
朝の水洗顔が、キツいけどちょっと心地良かったり。
廊下の電気とか、ダブルで付けてた洗面所の照明とか、
意外と無くても良いもんだな、とか。

これを機会に、この国はきっと、
エコを大切にする国になるんだと思う。

もうすぐ18時になるから、パソコンを落とさなくては。
笑顔を携帯して、元気に行こう☆

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2011年1月18日 (火)

猫の人生をおもう。

外出から職場に戻る道路脇に、猫が倒れていた。
職場のすぐ近く。車を減速した時、目に入った。

もしかしたら生きているかもしれないので、
車を戻してすぐに見に行ったけれど、生きていなかった。

そんなに目立った外傷はない。
道路脇で、行き交う車の邪魔にもならない場所で、横になっていた。

最初、指示通り保健所に電話したら、
清掃センターに電話したらゴミとして回収するので電話するように、と言われた。

しかし、この存在をゴミとして回収するかどうか
決断する立場に私がなるのはおかしいと思った。

首輪もつけていない。私には判断しようもない。
もう少し調べてみると、市道で亡くなった犬猫については、
市が対応するということがわかったので、市に連絡した。


人でも牛でも、命を失った生物を見てきた数は普通より多い。
そもそも、私は生きていない存在への恐怖は感じない方だ。
(痛そうだな、辛そうだな、とは感じるけど)


だけど、今日はなんだかちょっとこたえた。
そんな自分の感情を不思議に思った。
なんでだろうと考えてみた。

私が、死んだ人や動物とよく接していたのは二か所。

ひとつめは、牧場で働いていた時。
牧場にもよるけれど、大規模牧場の時などは、
2頭3頭、死んだ子牛が牛舎脇に置かれているようなこともあった。
生きている牛を、引き取ってもらうことも少なくはなかった。
牛舎の隅に落ちていた雀を葬ったことも、
牧場で産まれた子猫を葬ったこともある。

かわいがっていた牛を見送って泣いたことは何回もある。
飼養管理の部分で、力不足を感じたり後悔したことも多い。
けれどたとえば、運が悪い子牛が死産になるようなことや、
小鳥や子猫を葬ることに対して、今回のような気分にはならなかった。

それらはもちろん悲しいことだが、
毎日太陽が昇ったり沈んだりするなかでの、ひとつの循環なのだと思った。


ふたつめは、葬儀場だ。
仏さんたちはとても静かで、私は自分なりの誠意で、
真摯に送り出していたつもりだ。
葬儀とは、亡くなった人のために、社会的な区切りのために、
それから送り出す人の最後の心遣いとして行うものだと思う。
亡くなった人へ、最後の誠意を尽くしたいというご遺族の気持ちを
形にするのが葬儀なのだと思っている。


このように振り返ってみると、
今回の猫の件が自分の感情にこたえた理由がわかってきた。

ひとつには、その死が交通量の多いコンクリートの道路脇で起こっていて、
自然の循環にすっと収まるもののようには見えなかったこと。

それに加えて、今回の猫を、弔うことができなかったこと。

できることなら、自費で数千円かかっても、斎場で火葬くらいはしたかったなと思う。
仕事柄そうやって説明するしかないのだろうが、
ゴミとして回収という言葉が、葬儀で送り出す文化に染まっている私には合わなかった。

がしかし、結局は、周りを押し切って突然休みをとって
猫を斎場に連れて行くようなことは私にはできなかったわけで。
それは所詮自己満足かなぁという気持ちもあったしね。

せめて花でも手向けたいけど、
そうすると、なにかの事故があったのか?
と世間様を驚かせてしまうので、それもちょっと出来ないなぁと思う。

だから結局、なにもできずに猫の人生をおもう。
まだまだ元気そうな、毛並みもきれいな雄猫だった。
恋する相手や、友達はいるのだろうか。
猫の社会性とかがどうなっているのかはわからないけれど。

できることなら、だれか近しい存在が、
その猫が死んだことを知って弔えたらいいのになぁ。
猫の世界に弔いの概念があるのかどうかなんてますますわからないんだけど。

じゃあ、蚊を叩くたびに蚊の人生をおもうのか?
とか問われるともうなんだかよくわかんないんだけどね。

なんだかもう、よくわかんないけど。
心のなかでそっと手を合わせる。


よくわかんないことも、よくわかることも。
清濁あわせ飲むように、今日も一歩。

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2011年1月 4日 (火)

エクソダス…2011年の目標など

あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

きちんと自分以外に伝わるように整理して書く時間はないのですが、
三が日のうちに目標を書かないとずるずるになりそうなので、備忘録がわりに。

今年のテーマは、エクソダス です。

ちょっと宗教的な言葉なので、
厳密なニュアンスと違うかもしれないのですが、
エスケープではぴんと来ないので。

もう少し言葉を増やすと、自分のこれからのために、
自分を孵化させるための環境を整える、ということ。
ここでの“環境”はものすごく狭義なもので、
あくまで自分自身でどうこうできる生活態度や生活様式のことです。

自分をとりまく環境、生活の進め方などは、
自分のための孵化器(なじみぶかくいうとインキュベーター)と捉えています。

今年は(いつもそうかもしれないけど、とりわけ意識的に)
結果よりも、プロセスを重視しています。

もちろん、結果は必要だし結果を使って検証するのですが、
こと私自身に関していうと、正しいプロセスができれば、
自然と結果につながると思っているからです。

2011年。

2004年の年末に、私は北海道から帰ってきたので、あれからもう6年です。
その頃、帰宅3日前に北海道でやらかして車を廃車にしたし、
戻ってきて年が明けてすぐ、転んで12針縫ったし、
知人に誘われた会社は2か月目から社長が居なくなってお給料貰えなくなったし、
とにかくロクでもないことが多くて、脱け出したいと強く思いました。
脱け出す方法を探していくうちに辿り着いたのが、診断士の資格でした。

それが、自分のこれまでで一番大きな、意識的なエクソダスだったのだと思います。
紆余曲折を経て、それから3年後の2007年末に無事に合格証が届きました。

2009年、診断士1年目は、とにかく手当たり次第やってみる年でした。
2010年、診断士2年目は、立ち止まってじっくり考える年でした。

どちらの年も、自分にとってとても大切な時間だったと思っています。

2010年。

自分の評価が、不相応に高いと感じることが多くて、
外部評価と不釣り合いな自分の無力さに思い悩む日々でした。

具体的な仕事や作業もだし、内面にも澱のように何かが積もっていく。
いつも時間に追われて、気持ちばかり焦って何もできなくて。

本職でも、外部からの期待と自分の中身のギャップが激しくて、
表面的にはずいぶん上手く行っているようでも、
自分のなかでは処理しきれていないことが溜まり過ぎて、
どうしていいかわからない時間が多かったです。


おっと長くなってきたぞ。

やっぱり今日は、説明しきれないのですが、
パラダイムを変えるしかないな、というのが結論です。

ここから先に行くには、自分のこれまでの生き方では不可能です。
だから、捨てるものと残すものをしっかり選んでいかなくては。

捨てるものを間違えちゃうと強みがなくなっちゃうので、
その辺はちゃんと押さえつつ。

私にはまだ自分の強みすらわかんないけれども、
「あんたはイイよ」って言ってくれる人がいるなら、
否定ばっかりしていないで、その人たちを信じてみたらいい。

私っていう要素に、どういう可能性があるのか、
まずは孵化できるような環境に変えます。

具体的には、本当にささやかな日々の習慣です。
去年からちょこちょこ言い続けている睡眠時間とかね。

結局、今まで変われなかったのは、変わりたくなかったから。
堕落とか人間失格とかそういう感じの、
文学部っぽい、無力でなんにもできない感じで、
ぐるぐる同じところを回ってうじうじしているようなことが好きだから。

そういう部分の一面がひっくり返って自分の強みでもあると思うので、
残さなくちゃいけないものは絶対あると思うんだけど。

たぶん、かなり意味不明な日記を書いてしまっていて、
補足するようなエピソードとかがないと外には伝わらないんだけど、
そしてそのネタとして、ワインにまつわる面白い話を先輩から聞いたんだけど、
今日はもう時間がないのでこの辺にします。

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