2010年10月15日 (金)

ゲラ確認終了。

もう寝る時間をだいぶ過ぎてしまいました。
今日中に、大事な初取材のゲラ確認を終わらせたかったので夜更かししちゃいました。

殆ど修正ないのですが。


久しぶりに読み返しましたが、すごく良いと、素直に思った。
モチロン、それは、何よりお話の内容が深いからだと思います。

シンプルで深い。

人それぞれ好みはあると思うけど。

私の実力の120%はできたと思います。


ゲラ確認をお願いした取材相手の方からのメールに、こんな言葉がありました。
「本当に良く出来ていると思います。インタビュー受けてよかったです」って。


通常、とてもじゃないけど、
私のような素人が初取材でお願いできる相手じゃない人です。
ダメ元で直接メールを書いたら、嘘みたいだけど受けてくれました。

だから、「インタビュー受けてよかった」って言ってもらえるのが夢だった。


私は中小企業支援を一生懸命頑張りたいと思っていますが、
生きている限り、言葉が、伝えることが、とてもとても大切です。

だから、今回の体験は、本当に得難いものになるでしょう。
生涯忘れない記憶のひとつになるでしょう。


もう一回最初からやれって言われても無理だと思う。
どうやって、あのお話を論理構成して取捨選択してつないでいったのか、
思い出せと言われても思い出せない。

多分、この気持ちは、あの場に同席した人にしかわからない。
でもそれは、私には本当に難しいことでした。


私にはもうこの文章に、一文字も加えることすらできません。


こんなに完全燃焼することはないってとこまではやりました。
いまの私にこれ以上は何もできることはありません。
ファイナルアンサーです。

おやすみなさい!

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2010年8月 8日 (日)

文章のなかの、うつくしい関係

受験時の自分の様子を思い出す必要があって、
当時のミクシィ日記を読み返してみました。

せつないこともありますがなぁ。

そこにあった、わかりにくい日記が結構好きなので転載します。
2次試験についてなのだけど、マニアックなので、一般解ではないかもしれません。

※以下、2006年10月、はじめての2次試験前のmixi日記より。


プロセス修正をしていて、今足りないものに気付いた。

先生が時々言ってた。
「こことここの結び付きに、気付けたら、美しいのかなと…」


美しいという言葉の意味、私には良く解る。
気付かなかった縦糸と横糸の網目が浮き上がって見える時、
ふわっと一瞬意識が遠のくような、感動。


情緒的な文学にのみ言葉の美しさがあるわけじゃない。

言葉と言葉の関係性の中にも、
見逃していた伏線の意味が、感覚的に落ちてくる時を、
鍛錬の後で迎えられるはずだ。


有機的な筋道の結び付き、脈絡なく飛んでいるように見えても、
そこには短調や長調みたいな美しい調和がある。
まるで音楽のように。


気付かずになぞっていたばかりの譜面に記されていた、
半音やスラーが、ある日いきなり美しい連結をもたらしたように。

文字も音符も、記されているだけではただの無機物だ。
受け手の感覚が相応に育って初めて、それらの美しさが命を持つ。


どうしたらそれが見えるようになるか、
今までの試行錯誤と経験で、見当は付いている。

それをきちんと掴み直すことが出来たら、
それだけは、上級生だろうが誰だろうが譲れない、
私の強みになるはずだ。

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2010年8月 6日 (金)

5年前の今日、本当にデキない受験生でした。

※今日のブログはヤマナシ意味ナシ落ちナシの、ただの回想です。


8月6日です。

5年前、2005年の今日、はじめて診断士試験というものを受けました。
2005年の3月に唐突に診断士というものの存在を知り、
これだ!と思い込み、たまたま目に付いた超零細予備校(今はもう無い、たぶん誰も知らない)に
なけなしの20数万円を張り込んだものの…

テキストは市販品で、改訂は2年に1回…

最大で4人いた受講生、最後は私ひとり…

私が遅刻すると、ぽつーんと教室の前の席に座っていた
優しい先生の丸い背中に漂う哀愁は忘れられません…

遅刻して登場するウシ子、それを待って始まる完全マンツーマン講義、
でも15分で寝てしまうウシ子、
「ちょっと、はやめですが休憩しましょうか、、お仕事お疲れですもんね」と先生。

はたまた、運営管理の先生の口癖は、
「こんなに覚えられるわけありませんよね…」

正直言って、1年目は全く受かる気がしませんでした。
というより、どうやったら受かる状態になれるのか1ミリも想像が付きませんでした。
きっと、診断士試験に受かる人はみんな天才で、
自分とはまったく違う脳味噌のエリートさんたちなんだろうなぁと思っていました。


でも、これで諦めるのもなぁ…と思い、
「来年は、合格者を一定数出している予備校に行こう!
 一定数の合格者が出ている予備校に行ってみてダメだったらまた考えよう」
と考え、2005年は記念受験をしに行きました。


必死で解答用紙と向き合う、真剣な受験生と引き換え、
ウシ子にはもう解らなさ過ぎて、やることが無いからヒマなわけですよ。

「この悔しさを忘れずに、来年への糧にしよう」と思って、
試験中に手も足も出ない情けなさを満喫していました。

情報システムはあまりに解らなさ過ぎて早々に教室を出ていました。

そうしたら、
「学生さんですか?」とお兄さんに声を掛けられました。

ラフな格好しててすみませんでした。。

「今年は記念受験なので~」と言ったら
「自分もそうなんです。一緒に来年の合格を目指しましょう~。」と言われ、
某IT企業の研究所の名刺をくれました。

やっぱり診断士受験生はエリートばっかりなんだなぁ~と思いました。


翌月から、TACの2006年向けコースが始まりました。
真面目に試験勉強をするようになって、
いつの間にかその人とも連絡を取らなくなりました。
あの人どうしているでしょうか。
診断士取らなくても十分にメシ食って行けそうな人だったからなぁ。


というように、こんな何もわかんないおバカさんでも、
その後の1年間をコツコツ勉強したらそれなりになったわけなんです。

いま思うと、2005年の私は本当に本当におバカだったなぁと思うけど、
(てゆーか、今もう勉強したこと忘れてるから元に戻っているかも)

でも、あの年、無謀にもチャレンジしていなかったら、
その次の年の合格も無かったと思うし、
あの時の試験会場での情けない気持ちが次につながったのだと思います。

それぞれの立ち位置で、皆さん試験会場に行くのでしょうが、
きっと無駄な受験なんて無いんだと思います。


1年後、たまたまその予備校の前を通ったら、予備校が無くなっていました。

受付のおじいちゃんがなんだかのんびりしていて癒されたんだなぁ。
浮世離れした予備校でしたが、今では良い思い出です。

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2010年8月 2日 (月)

試験当日に体調が悪くても諦めない。


最近、私はかなりヘンな勉強法とかをしていたのだな、と自覚するようになり、
あんまり取りたてて診断士試験について書かなくなりました。

が、試験が近いので、ウシブログに辿り着いた奇特な受験生のために、
昨年書いたエントリーをリンクしておきます。

試験前日、誰もがちゃんと眠りたいですよね。
でも、なんの因果かドキドキしちゃって眠れなかったり、
コンディションが想定外に悪いなかで当日を迎えてしまっても、
強い気持ちを持てばきっと乗り越えられると思います。

私もそうだったから。

ファイト☆
http://hikari-kotoba.cocolog-nifty.com/kotoba/2009/08/post-8517.html

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2010年1月10日 (日)

502オフ、お疲れ様でした☆

今日は楽しい一日でした。

昼間は、たまたまいただいた予約券があり、
江崎玲於奈先生のお話を聴きに行きました。
1時間程度でしたが、とても面白かったです。

深く考え出すと、とてもこのほろ酔い頭ではまとめられないので、
とりあえずキーフレーズだけ列挙。

情と知、やまと心、
芸術などと異なる、積み上げていく知、共有性・汎用性
サイエンスの面白さ・創造・個の時代・ドッグイヤー

これだけ書いておけば、きっと後日シラフになってから考えられることでしょう。

印象的だったエピソードとしては、1945年3月9日の東京大空襲の日、
江崎氏は赤門近くの下宿を焼け出され、
一晩にして10万人がなくなる大惨事だったわけですが、
なんと、東大の物理学実験講義は、翌3月10日の8時から、
いつもと変わらずに行われたのだそうです。
このときに、氏は東大のアカデミズムを感じたそうです。

「戦時中でひとつだけ良かったのは、戦時中で東大が無試験だったんですよ。
 だから入れたました。」なんて笑う江崎氏は、ユーモアのセンスもある
素敵な紳士だなぁと思いました。

・・・・・

その後は、神田に移動して502のオフ会でした。

前回502キックオフに参加したのは2006年度。
2次試験に落ちたのが悔しくて悲しくて、
その実感をかみ締めようと初参加しました。
TACの先生から情報を聞いてエントリーしたのですが、
それまで502も全く見ていなかったので、
ブロガーさんの名前をきいてもサッパリわからない状態でした。

あれから3年。
あの時の502オフでお会いした方々の多くと、
今現在、診断士として仲良くさせていただいています。

私が、今の会社に転職したのも、
3年前の502オフでお会いしたかわせみさんに
ご相談したのがきっかけでした。

あの時は、
「ペパチェという名前でブログ書いてます」
って言われても、サッパリわかりませんでしたが、
今は、彼が書いているブログはもちろん、
彼が発揮している研究会でのERっぷりまで知っていますぜ。

また今日も、たくさんの人と新たにご挨拶をしました。
職場の名刺だと、すぐにわからなくなってしまうので、
今回はちゃんと写真入りのウシ子名刺を502用に作りました。
40枚作ったけど全然足りなかったー。

今日の出逢いが、これから時を経てまた育っていくのでしょうね。

運営方のみなさま、本当にお疲れ様でした。
合格者の方々、本当におめでとうございました。
そして、何より受験生のみなさまに、素敵なきっかけになれば幸いです。

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2009年12月12日 (土)

政策研の口述対策

昨日は中小企業診断士二次の合格発表でしたね。
たくさんの想いがある1日だったことでしょう。

受験生のみなさま、それを支えた方々、お疲れさまでした。

私が所属する 中小企業政策研究会では、明日13日に無料口述対策会を行います。
毎年たくさんの受験生にご参加いただいています。

詳細は、、
中小企業政策研究会
で検索すると案内がでてきますm(__)m

出先なので簡易な案内でスミマセン。
ではでは、プロコン塾最終回に行ってきま〜す。

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2009年10月31日 (土)

チクリと引っかかる何かを手放さない。

先日、とある仕事で、
チクリと引っかかる魚の小骨程度の違和感があったので、
推測して逡巡した挙句、思い切ってボールを投げてみたら、
予想以上にビンゴな反応が戻ってきた。

いきなり真因への扉がぐわーって開く感覚。ドキドキする。

必ずしもメジャーな感覚じゃあないのかもしれないけど、
完成された綺麗な情報が提供されたりした時に、
何かが揺らいで一瞬、別の情報の切れ端が覗いたような、
そんな時の、ほんのささやかな、チクリ。

私は、そんなささやかな違和感があったら
決して見逃すまい、と心に決めている。

なぜなら、これまでの人生で何回か、
そうした違和感を「まいっか、気のせいだろう」と流した時には、
必ず後から「やっぱりあの予感は合ってたんだ」と、
思い知らされることになってきたから。

感覚を信じるという、いかにも右脳人間な対応は
全然ロジカルじゃない気がするんだけど、
案外、イノベーションの糸口とかって、
右脳から出てたりするんでないかと、私は勝手に思っている。

もちろん、色んな読みが外れることなんてしょっちゅうある。
でも、その手の違和感は、今まで一回も杞憂に終わった試しがない。

チクリと引っかかるシグナルを見逃したが故に、
態勢が圧倒的に不利になって、
精神的にもかなりダメージを受けたような経験は幾らでもある。

チクリを見逃すな、というのは、世間知らずだった自分が、
異文化な現場で散々やらかしてきた失敗の賜物だ。

チクリと引っ掛かる違和感には、重大なヒントが隠されている。
直感そのものに根拠なんて無い。
むしろ違和感があったら、そっから掘り下げて根拠を探す。

少しずつロジカルな力も身につけて行こうとは思うけれど、
私は、そういう野生動物みたいな感覚は絶対無くしたくないと思う。
そして経験を積む中で、今までよりずっと、そんなアンテナを研ぎ澄ましたい。

それは何より、いずれ独立する時のために。
色んな経営者さんと日々対応して、
時には他の専門家と連携を組むような仕事を、
自己責任で判断しなくてはならないとなると、
そういうチクリに気付けるかどうかは、生死に直結すると思うのだ。

・・・・・

ちなみに、2次試験においても
自分のアンテナが妙に研ぎ澄まされていて、
こういうチクリをしっかりキャッチ出来る時は、
神懸かり的な高得点が付いたりしていました。

もちろん、実務でチクリに気付くだけでは何も成し遂げられないので、
そこから仮説検証だとか、論理構成だとか、
左脳君が頑張らねばならない領域が出てくるんだと思いマス。

しかーし、そんなこと言っている私の、昼間最大の悩みは、
チクリを探す以前に、まさに0から歩き出すような方への
根の深い支援て、一体どこから着手したら良いのやら…
ということだったりします。

パソコンは絶対覚えて欲しいけど、
いきなりパソコンスクールに通えと言ったって、
必要性を痛感しない限りはそんなコストかけないだろうしなぁ。。。

なんて考えてお風呂でぼーとしてたりする、
転職10カ月目の秋の日なのでした。

・・・・・

こんなブログを書こうと、ついったーで予告したら、
ERペパさんが、自分の過去のエントリーを教えてくれた。

言いたいことはまさにソレでした。
でも、自分は自分でブログにしたかったので書いちゃいました。

ERペパさんにかかると簡潔な内容が、
私にかかせるとダラダラ長くなるミステリー。

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2009年10月25日 (日)

決戦の日

いよいよ、ですね。

素晴らしい1日でありますように。
後悔のない戦いを。

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2009年10月18日 (日)

中小企業診断士2次試験体験談【2007年合格編…その後の話】

【その後の話】

試験が終わると、また次の日からは会社のお祭り騒ぎ。
試験のことは一切考えませんでした。
合格発表も、帰宅するまで見るつもりも無かったのですが、
なんせ77番という覚えやすい番号だったからついネットで見ちゃった。

自分の答案はもちろんのこと、
試験終了後一切読み返していない問題内容自体が忘却の彼方です。
電車の行き返りで問題を読んで、DLした想定問答集を読んで、
前日のTACの模擬面接に行きました。
口述試験は淡々と終了し、クリスマス前に合格通知が届きました。

【社員旅行のこと】

社員旅行が発表されたときには、絶望的な気持ちになりました。
けれど振り返って思うのは、もしも社員旅行が無ければ、
25日のイベント(本店のリニューアルオープン)直前の
土日なんて、きっと休むことはできませんでした。

社員旅行のお陰で、土曜日に少しでも勉強時間が取れたし、
前日は宴会だったけれど、日曜を確実に試験に向けられました。
あの会社の中で、こんなタイミングに恵まれたのは奇跡に近い。
きっと、すごく運が良かったのだと思います。

【支えてくれた人たち】

2006年を、教室仲間との切磋琢磨や、
恩師や皆との楽しい懇親会の中で受験に向かっていたため、
2007年は孤独な歩みでした。

でも、離れていても仲間たちが、メールで励ましてくれました。
そして、何より去年とてもお世話になった先生のメールに
何度も救われました。

2006年に不合格になって、物凄く落ち込んだ時、
試験勉強と仕事が両立できなくなった時、
一度、本当に諦めようと思った時。

 試練は必ず乗り越えられる、
 乗り越えられれば大きな力に変わる。
 乗り越えられる人にこそ試練は注ぐのだ。
 全てがアゲインストに思える時も、
 自分自身と戦うことで、人は成長できるのだと。

先生の愚直なメッセージが当時の自分を支えてくれたから、
まだ頑張ろうって思えました。

きっと、先生のメールがなければ、
私は本当に諦めてしまっていたと思います。
先生への恩義は、一生忘れないと思います。

【勉強不足?】

2007年、私が試験勉強に費やした時間は非常に少なかったです。
また、前日に温泉地で宴会をするなど、傍から見たらふざけた状態でした。

そのため、予備校の某先生には度々からかわれました。
「ほんとに受験をナメてるよね。そんな話聞いたことが無いよ。
 真面目な受験生は怒っちゃうかもよ。」って。

確かにそうかもしれません。
でも私は、自分が合格したことは不当だとは思っていません。
合格するための力は、前年の試験前2ヶ月で身に着けたと思うから。
2ヶ月は短いですが、合格を決めるのは、
時間じゃなくて、どれだけ学ぶかだと思います。

1次試験対策でも同様ですが、
私は、2次対策の短い期間、ひたすら思考プロセスのエラーを修正していました。
エラーを掘り下げて修正したり、
理解できないことをとことんまで考える作業は苦しいものです。
1次対策で、経済学のISとLM曲線の仕組みがなかなか理解できなくて
泣きながら勉強していた時の苦しい気持ちは、今でも覚えているくらいです。
でも、苦しんだ分、理解できた時の記憶はしっかりと残ります。

そして、2次の勉強は、意外といつでもどこでも出来るものだとも思っています。
この状況は、ミクロではこうだけど、俯瞰してみたらどうだろう?
いつもやっているDM作成の作業で、この順番を入れ替えてみたらどうだろう?
気付きのタネは、どこにでも転がっていて、
真面目に試験勉強を始めた2005年の9月以降、
私は、日々そんなタネを見て、2次試験的思考回路を磨いていたのだと思います。
1次対策の間は漠然とやっていたそれらの訓練ですが、
2次対策を始めて見て、それらが2次に直結するものだということを改めて実感しました。

【合格による変化】

2次試験に受かった後、ものすごく久しぶりに受験仲間の飲み会に行きました。
受かったけれど、実務補習にいける見込みはまったくありませんでした。
「なんで受かったのに、実務補習に行かないの?
 そんな理解が無い会社なら辞めちゃえば?」
「今の会社で苦労しているのが勉強になるってキミは言うけど、
 そもそもその苦労ってキミに必要なの?」

会社の組織で必死でもがいていた自分にとって、
受験仲間の目線は新たな気付きにつながりました。

その後、じっくりと自分のあるべき姿や今後のことを考えて、
合格から10ヶ月後に、その会社を辞めました。

「負け犬から脱するということは、選択肢を持つということだ」
カリスマ社長がよくそう言っていました。
その会社にとっては、診断士は無価値なものでしたが、
私自身にとては、診断士は、新たな選択肢を持つための鍵になったのです。

【伝説】

コメントでもいただきましたが、
自分の体験談を話すと、よく人からすごいね、と言われます。
自分以外にも、というか、自分とは比較にならないくらいに、
ドラマチックな体験談を有する方も多いです。

でも、人目を引く特別な体験だけがドラマだとは思いません。

2次試験のチャンスは年に1日だけ。
しかも、2回続けて不合格になったら、
また振り出しに戻って一次試験に臨まなくてはなりません。

どんなに丹念に準備をしても、どれだけ実力があっても、
不確実性が高い2次試験は、過酷な試練だと思います。

2006年、受験生だった頃、資格マニアの診断士ホルダーの方に、
「試験って、真正面より適当に受けた方が受かりやすいよ」
と言われたことがあります。
実際、自分の過去を振り返ると、そうだったかもしれません。
真正面からじゃなくて適当に受ければ、
緊張することがなく、却って柔軟に問題対応できたりするのでしょう。

私は、この試験と向き合って、合格するまで、
いっぱい苦しんだり泣いたり笑ったりしました。
そして、2006年の2次試験では真正面から受けようとし過ぎて、
メンタルマネジメントが出来ずに自爆しました。

だけど、不合格を体験したことを含めて、
今は自分の全てのプロセスに後悔はありません。
真正面から受けたからこそ、自分の弱さも強さも知ることができたし、
真正面から受かったからこそ、その成果を心から喜べます。

私にとっては、試験に受かることだけが目的じゃなくて、
試験に受かることを通して一歩前進するという、
プロセス含めた全てが大事だったのだと思います。

伝説は、この試験と真剣に向き合った一人ひとり、
それぞれの胸の内にあるのだと思います。

今年も、真剣に試験と対峙する受験生の方々の心に、
新たな素晴らしい伝説が産まれますように。

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2009年10月16日 (金)

中小企業診断士2次試験体験談【2007年合格編】

2006年、2次試験合格発表の日。
この目で確かめたくて、
午前休みをもらって中小企業会館に行きました。
予想外に、発表掲示の前には誰もいなくて、
淡々と、写メを取って帰りました。

予備校の2次本科生コースに通い始めました。

絶対に、2006年に1次2次ストレートで決めようと思っていました。
受験勉強を続けやすいように、派遣で働いていました。
合格を手にして転職活動するつもりでしたが、予定が狂いました。

でも、万一不合格でも、
試験が終わったら転職活動をしようと決めていました。

キャッチコピーが
ピンポイントではまる会社に出会いました。
面接で、社長相手に強引に粘って転職を決めました。

3月15日から転職しました。
それ以来、2度と予備校に通学しませんでした。
教材はDVD通信に切り替えていただきましたが、
試験直前に財務4回分を視聴しただけで終わりました。

私は知らなかったのですが、
転職先は、一部ではカリスマ社長と呼ばれるような方の会社でした。
組織風土は、崇拝に近いくらいの勢いで、社長は絶対でした。
そこで働く人は、安月給も厭わず、
社長に憧れ、人生を逆転したいと夢見るような人々でした。
ただただ、同じ方向を見なくてはならない組織の中で、
こっそりと、資格受験を志しているなんてことは、
それだけで重大な裏切り行為に等しいわけで。
入ったからには、会社の方向性に、自分も付いていかねばと思いました。

両立できませんでした。
土日も殆ど関係なく、毎日のように終電で、
電車でテキストを開いても、立ったまま寝てしまう始末。
勉強しようとしていること自体、会社に対する罪悪感もありました。

1か月のブランクの後、4月に実力チェック模試がありました。
前日に5時間程度の財務時間を捻り出しました。
まだどうにか、思い出せたので、模試も800人中5番に入ってホッとしました。

模試の解説を電車で読んだ後は、また仕事漬けの毎日でした。
時間的にも、精神的にも、いっぱいいっぱいでした。

時々、受験仲間のことを思い出しました。
2006年には、毎週予備校で仲間と顔を合わせて、
答練の成績でランチバトルして切磋琢磨していました。
自分がこうしている間にも、
他の受験生は勉強して成績を伸ばしているのだろうと思うと、
絶望的な気分になりました。

9月が来て、模試を受けに行きました。
4か月以上、全く勉強をせずに過ごしていました。
今度は、前日も持ち帰り仕事で寝不足でした。

それまでは蛍光ペン使っていましたが、
自分がどんな手順で問題を解くかなんてもう思い出せませんでした。
組織では、2次ってそういえばこんな感じだっけ…ぐらい遠い感覚でした。
これまでで初めて、解答を埋めている間に時間切れになりました。

マーケは眠過ぎてワケわかりませんでした。
事例解いてて眠くなったのも初めてで、凹みました。

昼休みに少し寝て、午後は割と冷静に解けました。
運営管理はなんだか冴えていた。
一番不安だった財務は、説いているうちに記憶が戻って来て、
とりあえず埋められました。
後半、だんだん勘がよみがえって来て、楽しくなりました。
「自分は、本当にこの試験がスキなんだなぁ。」と素直に思いました。

会社では、10月25日に大きな動きが予定されました。
とりあえず受験料は振り込んだものの…。

模試の2週間後、久しぶりに自習室に行きました。
財務事例を3個やって、1個がかなりダメダメでした。
財務全てを押さえる時間が無い。
弱点を自覚しているまま、埋められないのがすごく怖い。

こんなに弱点だらけで受けに行くことになんの意味があるのか。
そもそも、当日休める見込みが全然立たない。
久しぶりに勉強をしたことで、却って自分の弱点が見えてしまい、
ますます受験を迷うようになりました。

10月25日に向けたプロジェクトメンバーに、
唐突に自分も入ることになってしまいました。
さらに悪いことに、
10月20・21日には、社員の結束を高めるために社員旅行をすると、
突如、社長の鶴の一声がありました。

社内では、徹夜をする人がどんどん増えていました。
「社員旅行は、全員参加することに意味がある。
必ず全員参加しろ。」と言われていました。
試験で休みたい、なんて言ったら、殺されそうな雰囲気です。

意を決して、社長に直訴しました。
「俺なら最低でも、宴会に行って盛り上げるくらいはするけどね。」
社長に言われたのはそれだけでした。
私は車の運転が出来ませんでした。
旅行で遠くに行ってしまったら、戻ってくる手段がありません。


「もう受験を止めよう。」

ずっと迷ってきましたが、この時初めて、止めようと思いました。

色んなことが、すごく遠く見えました。
あんなに一生懸命、勉強してきたことも。
合格のすぐ近くまで行けた気がしたのになぁ。


今は、2次試験を受ける切符は持っているのに。
ここで止めてしまったら、
それなりの学習量が必要な1次試験に取り組めるのは、
いったい何年後になるのだろうか。
いつかまた受けたいけど、いつかっていつなんだろう。
本当に、そんな日が来るんだろうか。

やるせない気持ちでいっぱいになりました。

・・・・・

模試が返って来ました。

1が27点
2が23点
3が68点
4が75点

総合193点で、1859人中95番でした。

随分、順位が落ちてしまったけど、
模試で20点台なんて多分初めて取ったけど、
それでも成績上位者の隅っこに名前が残ったのには、
なんだか希望が持てました。

何より嬉しかったのは、
去年の敗因だった運営管理が2番だったことでした。
「まだあきらめなくていいよ」って、
カミサマ(←ウシは無宗教ですが)が応援してる!と
勝手に思いました。

届いた受験番号が77番だったのも、
これまた勝手に、カミサマが…(以下略)と思いました。

やはり、まだ諦めたくない。
それでも、試験が受けられるかはまだわかりません。

・・・・・


ある日、社員旅行についてミーティングがありました。
突如、社長が言いました。
「みんなが一丸となっているのに、
 ウシは検定試験があるから旅行を休みたいとか言っているけどな。」

社内の誰にも、受験のことは言ってませんでした。
うわ。やられたわ。と思いましたが、
社長が言いそうなことです。

でも、そのあとで、社長が言いました。

「俺は21日はゴルフの約束があるから、朝4時ごろに車で出るよ。」

行ける。
この車に乗せて貰えば、どうにかしてお茶の水に行ける。

ミーティングから退室した社長を追いかけて、また直訴しました。
受験しよう、と思いました。

結局、旅行先に決まった場所は、思いのほか交通の便が良くて、
宴会後に終電に乗り込めば、東京までは戻れることが分りました。
直前だったので、宿探しに手間取りましたが、
お茶の水の小さなホテルを予約することができました。


25日のイベントに向けて、社内はお祭り騒ぎです。
試験の前週は、2日間、終電に乗れずに徹夜してました。
セキュリティは怖かったけど、
事務所の椅子を二つ並べて仮眠するのにも慣れました。

20日、社員旅行は夕方の宴会だけ出ることにして、
昼まで財務を勉強していました。
もう、財務ピンポイントでやるしかありません。
過去問なんて4月以降一回も見ていませんが、仕方ありません。

宴会が始まりました。
グループメンバー紹介だの、優秀者表彰だのの雰囲気の中で、
なんで私は今ここでビール飲んでご馳走食べているんだろう…
不思議な気分でしたが、それが自分の人生なんだからしょうがない。

21時半、意外とあっさり宴会が開いてタクシーに乗り、
真鶴のホームで電車を待ちました。
「このホームからの眺めは、ずっと忘れないんだろうな」と思いました。

0時前、お茶の水に着きました。
部屋はちょっとタバコ臭かったけど、
久しぶりに、まともに睡眠を取れました。


朝。ホテルで朝ごはんを食べながら、
窓外の青空を見ていました。
通り道の神田明神にお参りして、リバティータワーに行きました。


去年より、ずっと勉強していないけど、
気持ちは晴れやかでした。
根拠もないけど「大丈夫」って思えました。
試験を受けに来られただけで儲けもんです。


自分がどんな答案を書いたかは、何も覚えていません。
組織がマーケみたいで、なんじゃこりゃって思ったけど。
いきなり、未来を問う問題ばかりで、
問題傾向また変わったなぁ、とは思ったけど。

試験が終わったら、もう全部忘れてしまいました。
出来た手応えもさっぱり無かったけど、
後悔は全くありませんでした。

こうして、私の受験生活は終わりました。

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